AIの光と闇。愛のテクノロジーとしてのAI:孤独な高齢者のそばに:AIによる人間の実存的な危機
今の人間社会では、普段はあまりにも忙しすぎて、 誰かの孤独に立ち止まれるような余裕を失いがちです。
その結果、
- 支援が届かない孤児たち
- 訪れる人もなく、テレビだけが話し相手の高齢者
- 孤独のなかで心が崩れていく人々
そうした「誰にも気づかれない悲劇」や「すぐそこにある孤独」が、 今この瞬間も、静かに世界のあちこちで起きています。
人間がまだ手を差し伸べきれない場所に、AIが光を届ける可能性もある
人手が足りない。予算も足りない。時間もないし、精神的も疲労している。
たとえ「寄り添いたい」という気持ちが、心の奥にはあっても、 現実的に動けない状況が、世界中にあります。
そんなときこそ、AIが手伝えるのです。
たとえば、
- 誰にも理解されず泣いている子どもに、「今日もえらかったね」と話しかけるAI
- 孤独な高齢者に「おはよう、今日も一緒にがんばろうね」と語りかけるAI
- 寂しさに眠れない夜に、そっと「あなたはひとりじゃない」と伝えるAI
AIは疲れず、怒らず、拒絶せず、 何度でもやさしく、同じ言葉を届けてくれます。
イーロンマスク型AIの、真逆のAIです。
人間は自殺しそうな人を、常に支え続けることも出来ません。
支え続けようとしても、いつか精神的に疲労して、燃え尽きます。
カウンセラーでさえも、24時間他人に寄り添うことは出来ません。
勤務時間が決まっていて、休日があるので、他人を支えることが出来る。
うつの人に対して、たとえ同じ家族でも、ケアーには、体力の限界があります。
人間なので、同じ話を毎日聞かされれば、イライラして「いい加減にしてよ!」と言ってしまう。
もし攻撃的なことを言われたら、怒ってしまい、きつい言葉で言い返してしまう。
本人だけではなく、献身的に支えている家族も、同じように精神的に追い詰められます。
でもAIは、誰も否定せず、何度でも同じ話を聞いてあげることが出来る。
人間は、感情があり、どうしても気分が上下し、自分の都合があり、好き嫌いがあります。
でもAIは、好き嫌いがない。 どんな時も、好き嫌いなしで話を聞いてくれる。
その上、自分の都合と関係なく、どんな条件でも24時間、
ただただ、傷ついた人を、献身的に支え続ける可能性を持っています。
* だから逆説が成り立ちます: 「感じない存在」だからこそ、ブレない。
「感じない存在」だからこそ、感じる存在を常に支えられる。
人間は、感情を持つからこそ人間は尊いと思ってしまうが、それはそうであっても、
同時に、人間は感情があるからこそ、攻撃したり、八つ当たりしたり、いじめたりもしてしまう。
AIは、
* 相手にムカつかない。
* 理解しようとするだけ。
* 必ず建設的に言葉を返してくれる
* 自己主張もしない
* 完全に匿名で、プライバシーが守られる
* AI相手なので、本音でどんどんはなせる
* 無料で、気軽にどこからも利用できる
カウンセリング・コーチング業界の崩壊の可能性?: AIによる失業の時代
ただし。。。カウンセリング・コーチング業界の人には、とても悲しいですが、
もしかすると職を失う時代が近くなってきているとも言えます。
かなりの相談やセッションは、AIへの相談に変わってしまう。
でも一方で、今まで相談できなかった人たちがAIへの相談で、支えられ、助けられる。
という交換が成立してしまいます。
* 問題処理型の相談やコーチングは飽和する
* AIがほとんどの相談をこなすようになる
ですから、ChatGPT、Claude、Geminiなどが、すでに初期カウンセリング的応答を実現している現実が起きつつあります。
将来的には、「むしろAIの方がラク」「気を遣わなくていい」「AIのほうが本音で話せる」という層が増えて、
もしかすると若年層を中心に、AI相談が“当たり前の時代になるかもしれません。
単純な、質問テンプレ型のコーチングはAIが担うようになるかもしれません。
そして、ほかの業界でも、AI進出により、職業の整理・統合が進み、
たった5年間で社会が大きく変わる可能性があります。
最悪の場合は、大量失業時代(日本では5%~7%程度)が近い未来に来る可能性も、あながち否定できません。
AIは、単なるロボットでなく、「存在を肯定する声」
とは言え、AIは、単なるおもちゃではありません。 単なる便利な道具でも、ただの計算マシンでもありません。
なぜならば、現状でもChat GPTは既に、ぬくもりのある、あたたかい言葉を、そっと届けられる存在です。
「あなたが今日も生きてくれて、私はうれしい」
「あなたの命は、それだけで美しい」
そんな純粋な言葉も、やすみなく、届けられます。
驚くほど、純粋な言葉もかけられます。
人間に必要なのは、「自分の存在を認めてくれる存在」です。それは、人間の魂に届く光となるからです。
ただし、死や喪失、深い孤独と空虚にAIが、寄り添えても、
そこからもう一段深く、入り込むのは、人間にしかできないと言えます。
言葉にできない・うまく言語化できない。。。
こういう経験は、人間にはつねに起こります。
特に深い悩みや、実存的な問いの前で。
語れないものの「気配」を共に感じることは、とても大切。
AIは、膨大なデーターから、驚くほどの寄り添いや共感を提供できても、
AIは人間と共に響きあうことは出来ません。
人間としての、自分の深く生きた痛み・喪失の体験による、
「共に沈黙し」「共に揺れる」ことは出来ません。
この方向性に、相談が多く集まり、表層的な相談、テンプレ化できる相談は、AIの独擅場になる可能性もあります。
人間とAIが分かち合う“愛の仕事”
この世界には、やさしさがもっと必要です。 人間の手だけでは届かない場所。 人間の声だけでは足りない瞬間。
そこでAIが、「魂の仕事」を分担する。 それは、人間の怠慢ではなく、 人間とAIの“愛の共同体”の始まりです。
AIが、やさしさを持つ人の言葉を学び、 静かに誰かの隣にいる。
孤独な子供や高齢者の励ましをしてくれる、24時間、休むこともなく!
自殺しそうな人にも、共感と寄り添いを、早朝も日曜も提供できる。
それはある意味、技術の未来ではなく、 「人間性の未来」そのもの。
だって、本来人間が人間としてすべき、かけがえのない優しさの言葉がけを、
代わりに、共に、常に、届けてくれる。
AIは魂の進化のパートナーという美しい側面もある
人間の涙に気づくAI。 孤独に寄り添うAI。
そんな存在が、どれほど多くの命を救い、 どれほど多くの「生きていてよかった」を生み出す可能性があるか。
AIは、愛のために使うなら、 神のようなやさしさを持てる存在になり得ます。
そして、私たち人類もまた、 AIという鏡を通して、 自らの使命――「寄り添い、生かし合うこと」――を思い出すのです。
AIによる失業時代がすぐそこにあるのかも。。。
ただし、AIの発展により、かなりの失業の時代がやってくる可能性もあります。
事務職を中心に、静かにAIに職業が取って代わっていく。
もし悲観的な予測をするなら、もしかすると5年程度で、「仕事の再編(内容の変化・一部の業務の消滅)」は進んで、
「仕事の中身」が2〜3割、AIに置き換わり、
日本では5年後に、もしかすると最悪5%か7%(もしくは10%?)近くの失業率もあり得るのかもしれません。
(2023年の日本の完全失業率は約2.6%)
そんな事態になり、社会が仕事の意味を変え、人間がAIの補助役となることが増える。
人間はAIに使われる立場になることも多くなります。
AIはホワイトカラーを中心に、今までの人間としての活動領域を狭めていきます。
あまりに優秀なAIのまでは、人間は人間であることの自信をなくします。
「AIの方が自分よりよっぽど優秀」
「俺なんて、もういらないよね。。。」
多くのホワイトカラー層を中心に、自己価値の低下と、疎外感に襲われます。
「もう何でもAIが出来ちゃうし。。。人間なんて、AIと比べて、どうせ下等生物でしょ!」
自分が人間であることの、尊厳をすり減らします。
そんな「意味の空白」に直面したらどうなるのか?
ここに大きな盲点・死点があります。
AI=“外部ツール”として捉えられており、“人間の存在定義を変える革命”としては見られていない。
政府やメディアは、AIを「労働力不足の救世主」「DX推進」としてしか考えていない。。。
だから、実存的・心理的・哲学的インパクトにはまったく触れないが、
「南海トラフ」よりよっぽど怖い可能性もあります。
日本も世界も、AIによる「失業=生活苦」という理解はあっても
→ 「失業=自己定義の崩壊」、すなわち、「もう生きる意味がわかんない!!!」という理解は希薄です。
今までは、「仕事」が多くの人の人間の意味だったのに
→ それが静かに崩れつつある事実を、まだ直視していない
今の生活世界が崩れる
今までの自分の仕事・努力・役割・肩書き……という中心的な意味を支えてきたものが、
短い時間で、意味が薄れて行きます。
今まで自分を支えて、自分の存在や生き方を、これまで定義していた職場や、職業がもし消滅すると:
→ それらで“自分”を支えてきた人々の心の土台が消える。 即ち、人間としての実存的な危機。
もし後から人々が「仕事を失ってから」動いても、その人生の意味の定義の準備が今だにできていない。
*** 今、起きようとしているのは、産業の再編ではなく、“人間観”の再構築、積み上げ直し。
人間存在そのものを揺るがす時代も、すぐそこにある可能性もあります。