レベル0からの数学論(第6回):数学と時間
前回の記事では、数学・算数が正常に働くための必要な環境として、
ある一定の空間的な条件が存在することについて話しました。
そして今回扱うテーマは、その“双子”にあたるもう一つの条件 ── 時間についてです。
⭐ 「人間にとっての時間」という基本設定
私たちは毎日、あまりにも当たり前に時間を取り扱っているため、
「人間として普段体験する時間」というものが、数学の存在の前提になっているという事実に、普段は気づきません。
しかしレベル0から見ると、
数学が成立するためには “特定の時間についての感覚” を、人間がまず持っていなければならなりません。
人間として毎日世界を経験するときに、いつの間にか用いている「時間」。
数学は、そのような“人間的な枠組みのもとで成立”しています。
さっそく、その中身を簡単に見て行きましょう。
この記事は「レベル0からの数学論」シリーズの第6回です。
→ 第1回:数学とは何か?「数学が始まるための条件」
→ 第2回:すべての数学は「区別」から始まる
→ 第3回:“同一性”と“順番”がなければ数学は成立しない
→ 第4回:数学は「因果」と「持続」がそろって初めて働く
■1 人間としての時間とは?
数学や算数では、時間を“数直線のように”
「過去 → 現在 → 未来」へと一列に並べて扱います。
しかし、この並べ方そのものが、私たち人間の普段の「時間の感じ方」に依存しています。
つまり、
-
「時間は一方向に流れている」
-
「時間は、横に永遠に伸びていく直線のようなものだ」
という感覚が、私たちの普段の意識には、あらかじめ組み込まれているのです。
この時間のあり方は、「時間の本当の形」や、「客観的な時間の姿」というよりも、
「人間という生物にとって、普段の状態では、時間はそのように感じられるようになっている」
と表現する方が、より正確です。
動物によっては「未来」をほとんど概念として持たないと考えられており、
植物については、そもそも「過去」「未来」という区別をもっているのかどうかも、人間の側からは断定できません。
人間ですら、深い瞑想状態などでは、時間が「止まる」「広がる」といった感覚が生じることも決して珍しくありません。
したがって、算数や数学を行うときの、「普通の意識のレベル」においては、
時間は「過去から未来へと、直線的に存在しているもの」として体験されている、
と言ってよいでしょう。
つまり、数学・算数がふだん当然の前提として使っている“直線的な時間”とは、「客観的な時間」というより、
すでに 「人間側の普段の基礎設定(OS)に合わせてつくられた時間的についてのモデル」 なのです。
その様な一定の時間のモデル(前提)に乗っかっている数学とは、
そうした人間側の環境設定に沿って描かれた、
ひとつの「世界の見え方」にすぎない、とも言えます。
■2 数学が時間に依存している?
数学は客観的で、普遍的に見えますが、
実は「時間」についての人間としての基礎設定(OS)に深く依存しています。
そもそも「数学をする」という行為とは?
ここでまず、いちばん根本的なことを確認しておきましょう。
そもそも──
時間が流れていなければ、
数学や計算という「行為」そのものが成立しません。
私たちが数学をしているとき、
算数の問題文をまず読む
計算の式を書く
途中計算をする
結果を確認する
という一連の流れは、すべて「時間の中」で、しかも順番に起こっています。
たとえ、数学の世界の中で、
2 + 3 = 5
が「時間とは無関係にいつでも成り立つ真理」だと考えられていたとしても、
それを実際に「数式を読む」「考える」「計算する」私たち人間は、
今この瞬間に式を見て、
そのあとで頭の中で計算し、
最後に答えにたどり着く
という時間の流れの中でしか数学を扱うことができません。
つまり、
もし「数学は時間の外に存在する」とみなすことはできても、
「数学をする人間」は、時間の流れの中からは出られない
のです。
(1)数が「増える」「減る」こと
1 → 2 → 3 → 4 …
という具合に、数字が徐々に変化し、数値が “増えて行く” ことが成立するには、
時間が一方向に流れている という前提が必要です。
もし時間が変化したり、また時間の「前後」の概念がなければ、
-
3より5が“大きい”
-
5から2に“戻る”
といった理解自体が、そもそも成立しません。
なぜなら、「増える」「減る」というのは、
ある状態から別の状態へ「あとから」移っていく という時間的な流れを前提としているからです。
単に「1」 と「 5」 という、別々の違う数があるだけでは、「増えた」「減った」という感覚は生まれません。
「前」→「後」という時間のOSがあってはじめて、
「1 だったものが、あとで 5 になった」(増えた)
「5 あったものが、あとで 2 になった」(減った)
という「変化」のストーリーとして体験される。
この時間的な設定・OSがあるからこそ、
私たちは数字の変化を「増減」として直感的に理解できるのです。
(2)方程式と「変化」
方程式というと、
-
3 + 4 = 7
-
□ + 3 = 10
-
5 × □ = 20
といった、とても素朴な形のものがあります。
これらは一見、「左側と右側が同じです」と言っているだけようにも見えます。
しかし、私たちが実際にこれらを“使う”ときには、
心の中でつねにこういうイメージが動いています。
3 という状態に、次に後から 4 を足すと、その後に7 という状態になる
□ に入る数を決めると、その結果(後)として 全体が 10 になる
ここで重要なのは、
数字が変化する、数字が増えたり減ったりするということは、
すでに「時間が流れていること」を前提にしている
という点です。
-
「前は 3 だったのが、後から 7 になった」
-
「初めは □ だったものが、後から 10 になる」
といった「前 → 後」という時間の流れが、
私たち人間としての時間的な基礎的な設定(OS)の中で働いています。
もし、私たちの意識に
-
「先にこれが存在して、時間が経ったらそのあとでこうなる」
という 時間の「前」と「後」 の感覚がなければ、
-
「ここを変えると、結果が変わる」
-
「この数を動かすと、そのぶんだけ答えも変化する」
といった理解自体が、もう出来ません。
つまり、
数字の“変化”として方程式を理解できることは、
すでに人間としての時間的な感覚に深く依存している
と言えるのです。
数学や算数のすべてが、 「ある状態から別の状態へ移る」 という
時間的な変化のモデルを前提にしています。
(3)因果関係の成立
数学や物理の核心である、原因と結果という「因果律」は、
「原因 → 結果」という時間の方向性なしには成立しません。
ですから、この様な時間的な基礎設定(OS)が揺らぐと、数学の大原則としての因果関係も揺らいでしまいます。
そうすると、数学が扱っている“関数”“変化”“連続性”など、全てが意味を失うことになります。
■3 「時間が一定である」という大前提とは?
時計の針が、いつも同じ速さで進んでいるように感じられる──
これも、人間としての「時間」に関する基礎設定(OS)の一部です。
私たちは毎日の生活では、
時間はいつも同じ速さで流れている
と、ごく自然に感じています。
実際の物理学の議論(相対性理論など)では、
時間は重力や速度によって伸び縮みする、と考えられていますが、
少なくとも日常生活のレベルでは、私たちの時間感覚はつねに「ほぼ一定」です。
計算が前提にしているのは、
「時間は、どこでも・いつでも、同じように進んでいる」
という、人間の側の時間に関しての基礎設定(OS)です。
もし時間感覚そのものが“不安定なOS”だったとしたら、
「1秒ごとに1ずつ増える」
「あと3日で5だけ減る」
「単位時間あたりの変化率を求める」
といった、時間に沿った増減や変化率を
「安定した法則」として扱うことが難しくなります。
たとえば、ストップウォッチをイメージしてみてください。
あるときは「1秒」が実際には0.5秒しかなかったり、
別のときは「1秒」が3秒ぶん伸びていたりしたら──
「時速60km」という速さの意味は、場所によってバラバラになってしまいます。
同じように、「1秒あたりどれだけ増えるか」という
“変化率”の概念も、一定のものとしては定義できません。
言いかえれば、数字の「増え方」「減り方」を
時間の流れに沿った変化として安定的に扱えるのは、
時間そのものが「どこでも・いつでも、ほぼ同じ速さで流れている」と
人間に感じられているときだけなのです。
■4 「今」が理解できるとは?
人間としての時間感覚の中には、
-
「過去はもう終わっている」
-
「未来はまだ来ていない」
という、時間を“区別して”感じる感覚が存在します。
つまり、
「今」「過去」「未来」が、それぞれ別のものとして存在しているように感じられる
という能力です。
この「時間を区別できる能力」がなければ、
-
x の変化前と変化後の区別
-
因果関係における「原因」と「結果」の区別
といった、「前」と「後」に分かれた構造は、成り立ちません。
さらに、証明や計算についても同じです。
論理式や方程式そのものは、
「時間の外側にある抽象的な構造」として考えることもできます。
しかし、それを実際に扱う私たち人間は、
時間の流れの中でしか、証明を書き進めたり、計算を行ったりすることができません。
-
まず前提を読む
-
そのあと、途中のステップを一つずつたどる
-
最後に結論に到達する
というように、「前 → 後」という順番の流れの中でしか、
人間は数学を“理解する”ことができないのです。
さらに言えば、「前」と「後」の違いが分かるだけでなく、
「今、この瞬間に自分がどこまで計算を進めているのか」という
『今』の位置を感じ取れなければ、
そもそも人間は計算という行為そのものを進めることができません。
私たちは、
「今、式を見ている」
「今、この部分を計算している」
「今、答えにたどり着いた」
というように、つねに『今』を自分の立つ場所としながら、
計算や証明を時間の流れの中で組み立てているのです。
言いかえれば、
数学を「手順」として組み立てたり、
計算の答えを探していけるのは、
“今・前・後”を区別できる時間的なOSが働いているから
だとも言えます。
この「今を今として切り取る力」、
「前」と「後」を分けて感じる力そのものが、
レベル0に属する人間の基本設定(OS)の一部なのです。
■5 時間OSが崩れると数学はどう見えるか?
もし、時間が
-
直線的にまっすぐ流れず、
-
前と後がはっきりせず、
-
ところどころループしたり逆転したりする
そんな世界で生きていたとしたら、数学・算数はどう見えるでしょうか。
たとえば、こんな場面を想像してみてください。
買い物かごの中にリンゴが「3個」入っていたとします。
そこに「あとから2個」入れたつもりなのに──
-
時間が少し戻って、さっき入れたはずのリンゴが入る“前”の状態に戻ってしまう
-
あるいは、入れる前と入れたあとがごちゃごちゃに感じられて、「どの時点で何個あるのか」がはっきりしない
このとき、
「さっきは3個で、あとから2個足したから、今は5個」
という「増えた」というストーリーを、思い描くことすらできません。
同じように、時間を直線として感じない世界で生きていたら──
-
“数える”という行為が意味を持たない
(「今何個あるのか」の「今」が、そもそも確定できない) -
“増える / 減る”という変化の概念が成立しない
(「前」と「後」が分からないので、「増えた」「減った」が理解できない・曖昧になる) -
順番が入れ替わるので、集合論ですら「要素を並べる」ことが難しくなる
-
速度の変化や微分・積分のような「時間に沿った変化率」は、完全に崩壊する
-
論理的な「前提 → 結論」という流れも、「どちらが先か」が曖昧になってしまう
ということが起こります。
つまり、
数学は、人間に必要な時間的基礎設定が、極めて安定している世界でしか成立しない
ということです。
ここまで見てきたことを、最後にレベル0の視点からまとめ直してみましょう。
■6 まとめ:数学は「人間的な時間」の上に築かれた道具
今回の内容を、レベル0の言葉でまとめると、次のようになります。
数学・算数は、
人間としては “時間をこのように感じる” というOSの上に成立している
-
時間が一方向に流れているように人間には見える
-
過去・現在・未来が分離されている様に人間には理解される
-
時間が“ほぼ一定の速度”で進むように人間には感じられる
-
変化が“積み重なっていく”ストーリーとして人間には体験される
-
因果が“つながる”ように感じられる
-
「今・前・後」を切り分けて、「いま自分がどこまで計算を進めているか」を人間として把握できる
こうした 時間についてのOS があるからこそ、
私たちは何の疑いもなく数学や算数を「当たり前の道具」として使うことができます。
しかし、それは
外側の世界そのものが、最初からそのような時間構造をしているから
とは限りません。
むしろレベル0から見ると、
そのように世界を、時間的に体験できる「基礎設定(OS)」を
人間が最初から身につけて生きているから、
その上に数学という構造を築くことができている
と考える方が自然です。
言いかえれば、数学の「万能性・普遍性」とは、
人間として既に備わっている時間的なOSがスムーズに働いてくれる世界の中では、
とてもうまく働いてくれる
という意味での“普遍性”にすぎないかもしれません。
このように、レベル0から数学や算数を見直すと、
数学は「世界そのものの真実の姿」をそのまま写しているというよりも、
人間としての時間的なOS(+空間OS)に合わせて導かれた、
すなわち「人間という一つの立場」から見た、
世界の見え方・現われ方の一つ
──と言えます。
そしてもちろん、
次の回(第7回)で扱う、足す・引く・掛ける・割る
という四則演算も、
この時間OSに深く依存しています。
第7回では、いよいよ「四則演算という“数学の最小単位”を支えるOS」
を、レベル0から丁寧に解きほぐしていきます。
この記事は「レベル0からの数学論」シリーズの第6回です。
→ 第1回:数学とは何か?「数学が始まるための条件」
→ 第2回:すべての数学は「区別」から始まる
→ 第3回:“同一性”と“順番”がなければ数学は成立しない
→ 第4回:数学は「因果」と「持続」がそろって初めて働く

