数学とは何か?─レベル0から見直す“数学が成り立つための前提条件”

本記事では、数学や科学の“中身”ではなく、その土台となる「レベル0=前提条件」を解説します。数える・区別する・因果・時間・等間隔など、当たり前すぎて見えない基盤をゼロから問い直します。

数学や科学の発展のおかげで、
私たちはスマホを使い、通勤電車に乗り、回転寿司で美味しくマグロを食べています。
これらはすべて、数学と科学がなければ実現しなかったものです。

しかし。。。

⭐ そもそも、数学とは何でしょうか?

こうした問いには、多くの哲学者が向き合ってきました。
特に実存主義──キルケゴール、ハイデガー、サルトルなど──は、

数学や自然科学は、人間の「意味」「価値」「生の実感」、そして「質」を扱えない

という批判してきました。

仕事の達成感や、悩んでいる時の苦しみや不安は、
数字の世界では表現できません。
その通りです。

しかし、僕が問い直したいのは、
この「質 vs 量」という対立ではありません。

そもそも“量”そのものが成り立つための、いちばん土台の前提とは何か?

もっと言えば、
数学や科学が成り立つための 「前提の前提(レベル0)」 を見つめ直すこと。
これこそが、このシリーズの出発点です。

僕は、数学や科学の専門家ではありません。
だからこそ、専門外の立場から見えてくる「もっと手前の盲点」があると感じています。

それがまさに、
数学や科学が成り立つための“前提の前提(レベル0)”を丁寧に見つめ直すこと。

これは、根本の根本から問い直す、いわば“メタ議論”です。

⭐ 数学の三つのレベルとは?

数学および科学に関する議論は、大胆にあえて言えば次の三層に分けられます。


レベル0とは?:数学以前の「前提世界」

ここで扱うのは難しい数学の内容ではありません。
小学生が算数をするために必要な“最低限の条件”とは何か?
という、もっと素朴で基本的な話です。

たとえば:

たとえば:

  • 数字を区別できる
     (「1」と「2」は違うものとして認識できる)

  • 順番を理解できる
     (「1番目」「2番目」「前」「後」)

  • 等間隔という概念がある
     (1と2と3と4の“間”が等しいという世界)

こうした最低限の条件が整っていなければ、
1+2という式を書くことすら無意味になります。

また、1・2・3・4 の間隔が等しくない世界では、
定規でテーブルの長さを測ることもできません。

ここでは、数学の専門的な話のはるか手前、
「最低限必要な条件”」の話をしています。

僕がこのシリーズで扱いたいのは、まさにこのレベル0だけです。

では。。。次のレベルとは何か?


レベル1とは?:基礎数学

  • 自然数・整数・実数 などなど。。。

  • 定理・数式

  • 証明

いわゆる学校で習う意味での『数学』です。
ただしこれは、レベル0の前提条件が成立して初めて成り立ちます。


レベル2とは?: 理論(高等数学・物理学)

レベル1で整った数学という“道具箱”の上に、
さらに専門的な理論(モデル)が積み上がっていく領域です。

高度になると専門家の間の、難解な世界になっていきます。

  • ユークリッド幾何学・非ユークリッド幾何学

  • ニュートン力学・マクスウェル方程式

  • 特殊相対性理論・一般相対性理論

  • 量子力学・量子場理論・弦理論……など

ここは、基礎数学(レベル1)を材料として、

「世界をどのようなモデルで記述するか」

を競い合っている領域です。


曲がった時空、多次元宇宙、確率的な世界像……
この「難解な理論」はこのレベル2に属し、レベル1(基礎数学)の上に立っています。

⭐ レベル0は、語られていない?

今の数学・科学の議論は、

  • レベル2(理論)の競争

  • 時々レベル1(基礎数学)

という場所で行われているように見えます。

ところが──

レベル0=最低限の前提
これは、ほとんど議論されていない様です。。。。。

しかし。。。 レベル0が成立しない場所では、数学はそもそも動きません。
数字の区別がつかなければ、「1」+「2」という数式を書くことすら意味がなくなる──
それほど根本的な領域なのに、ほとんど語られていません。

専門外の私から見ると、むしろここが一番気になります。

なぜなら、一番の基本についてだからです。

なぜなら、ここを見直すことが、

数学そのものの構造全体を、もう一段深い場所から考え直す

ことにつながるからです。

数学の基本を考え直すことが、数学の全体を考え直すこと

⭐ サッカーの例では、どう見える?

数学の話は抽象的なので、
ここではサッカーの例でイメージしてみましょう。

私が扱いたいのは、戦術や難しいフォーメーションではなく、

「そもそもボールもコートも選手もなければ、サッカーは始まらないよね?」

というレベルから考え直すことです。

 レベル0

  •  サッカーをする「グラウンド」がある

  •  サッカーの「ボール」がある

  •  サッカーに参加する「選手」がいる、などなど。。。

つまり、そもそもサッカーというゲームが成立するための土台条件。

これらがなければ、サッカーは成立しません。

 レベル1(ルール)

  • 手を使えない

  • ゴールで1点

  • オフサイド

  • 前半と後半がある。。。などなど

 レベル2(戦術)

  •  詳しいフォーメーション(4-4-2、4-3-3…など)について

  •  細かい戦術(カウンター、ポゼッション)の調整について

  •  どのタイミングで誰を交代させるか……

ここは、専門家どうしが緻密に議論する世界です。

いまの数学・物理の専門家の議論は、ほぼこの「戦術(レベル2)」に近い。

僕が扱いたいのは、
「そもそもサッカーボールがないとサッカーは始まらないでしょう?」
という、レベル0の話です。

⭐ 前提を問い直すと、数学が「健全」に?

数学や科学の中身だけの議論を続けていると、人間の世界観は狭くなり偏っていく可能性があります。

  • 「科学で証明できないものは存在しない」

  • 「数値化できないものは信用できない」

  • 「算数は誰がやっても「同じ答えが出る」ので、必ず信用できる、普遍的な方法だ」

このような態度を、現代人は無意識のうちに身につけています。

だからこそ、

前提(レベル0)を本気で問い直したとき、数学と科学は「健全な位置」に戻る。

これは数学や科学を否定するための議論ではありません

むしろ、優秀な道具であるがゆえに、私たちは
「この道具が世界のすべてを説明できる」と錯覚しがちだからです。


特殊な条件の中でだけ力を発揮する“特殊な道具”にすぎないのではないか?

でも数学や算数は、実は

様々な条件が整った“ごく限られた内側”でだけ働く構造なのかもしれない

もしそうなら、数学がスムーズに適用できるこの世界の方が、
実は「特別な領域」「例外的なゾーン」なのかもしれない。

だとすれば──

その例外だけを“すべて”とみなすのではなく、
むしろその例外の外側に、
人間が本来向き合うべき世界が広がっているのではないか。

数学を否定するのではなく、むしろ

“とても優秀だが、扱える領域はかなり狭いツール”として正しい位置に置き直す。

それが、僕のねらいです。


■ 最後に:みなさんへのお願い

私は数学の専門家ではありません。
だからこそ、価値があると考えます。

*レベル0の前提条件とは何か?
*他にどんな条件があるのか?

あなたの考えも教えてください。

このシリーズは、「みなさんと一緒に考える」シリーズです。

⭐ 結論:数学を支える「必要な前提」とは? 

数学や科学の限界を理解する第一歩は、
その具体的な中身について以前に、その土台(レベル0)を見つめ直すことです。

数えること、区別すること、同一性や因果の法則──

当たり前すぎて見えなくなっている前提」を問い直すと、
数学も科学も、より健全な位置に戻ると考えています。

このシリーズでは、その“見えない土台”を少しずつ探っていきます。


従来の文系による科学批判は、

  • 「科学は意味や価値や生の実感を扱えない」

  • 「科学は量しか扱えない」

といった〈質 vs 量〉の軸で語られることがほとんどでした。

しかし私がここで試みたいのは、
それとは異なる種類の視点です。

「量」そのものが成り立つための前提条件とは何か。

そしてもう一歩踏み込み、

〈量 vs 質〉という対立そのものを生み出している
“三次元意識という枠組み”を、土台から見直せないか。

これが本シリーズの核心です。

区別、同一性、時間構造、等間隔、対称性、因果関係──
私たちの日常的な認識を支えているこれらの前提そのものを
ゼロから見つめ直すこと。

その作業を通して、
数学や科学の“正しい位置づけ”が自然と見えてくるはずです。


次回は「レベル0」の第1回として、
「区別とは何か?」
から話を始めます。