レベル0からの数学論(第3回):“同一性”と“順番”がなければ数学は成立しない
数学はいつも「正しく」て「万能だ」と思われがちですが、実はさまざまな前提がそろった環境の中で初めて成立します。
この記事では、数学の成り立ちに不可欠な「同一性」と「順番」というレベル0からの基礎的な条件を、分かりやすく解説します。
この記事は「レベル0からの数学論」シリーズの第3回です。
→ レベル0からの数学論(第1回):数学とは何か?
→ レベル0からの数学論(第2回):すべての数学は「区別」から始まる
■ 数学の「出発点」とは何か?
数学は、どこでも・いつでも・だれが計算しても
同じ答えが出る「万能な道具」だと思われています。
たとえば、
-
1+2=3
-
3×3=9
これは地球でも月でも、アメリカでも日本でも同じ。
年齢も国籍も関係なく、確実に正しい答えを教えてくれます。
しかし──
前回までに見てきたように、
数学が正常に動くためには、
ふだん気づきもしない前提条件(=レベル0)が満たされることが必要です。
今回はその続きとして、なかでも極めて重要な
① 同一性(Identity)
② 順番(Order)
の2つを扱います。
どちらも「あって当たり前」すぎて気づきませんが、
この2つのどちらかが崩れた瞬間、数学も算数も「完全に停止」します。
前回から読む人のために、まずは簡単に「数学の3つのレベル」を短く触れておきまます。
🔹復習: 数学には「3つのレベル」がある?
● レベル0(前提)
これは、数学の基礎、小学生の簡単な計算が始められるための“最低限の条件”のことです。
区別・同一性・順番・因果・等間隔……
こうした「当たり前すぎて気づかない最低限の前提」がないと、
基礎的な足し算や引き算すらもできません。
● レベル1(基礎数学)
学校で学ぶ算数や数学そのもの。
自然数、整数、実数
足し算・引き算
証明や定理
私たちが「算数や数学」と聞いて思い浮かべる部分です。
● レベル2(理論)
高度な数学・物理学の世界。
相対性理論、量子力学
幾何学、集合論、微分方程式
数学モデルを使った高度な理論の領域です。
数学モデルを使った高度な理論の領域です。
✔ レベル1もレベル2も、結局レベル0に乗っている
どれほど高度な数学であっても、
レベル0の条件がそろって初めて動く
という点は変わりません。
本シリーズ(レベル0からの数学論)では、
この「もっとも根本のレベル0」だけを扱います。
🔥 数学が成立するための条件は「10個ほど」ある?
今後のシリーズで扱う予定のレベル0の前提条件は、
大ざっぱに数えて 10個程度は 少なくともあるように思えます。
例として:
-
区別(Separation) → 前回の記事で扱いました
-
等間隔(Uniformity)→ 前回の記事で扱いました
-
同一性(Identity) これを今回扱います
-
順番(Order) これを今回扱います
-
時間構造(Temporality)
-
空間構造(Here/There)
-
一貫性(Consistency)
-
因果(Causality)
-
対称性(Symmetry)
-
反復可能性(Repeatability)
……など。
他にも沢山あるかと思います。
※ 厳密に「10個」と決めているわけではありませんが、
少なくともこれくらいの条件が最低限必要になります。
今回は、その中の 同一性と順番 を扱います。
■ 前提③ 同一性 ―「同じ」とは?
🔹 数学における同一性とは?
-
「1」はいつも「1」である。「2」になったりしない。
-
今日の「2」と昨日の「2」は、同じ「2」である
-
記号Aは、見た瞬間に別の意味になるのではなく、同じAのままである
-
A=A(自己同一の原理)
これらが成立しているからこそ、
という計算が、いつでもどこでも成り立ちます。
これが崩れた世界では、
-
1が突然2になり
-
3がある瞬間には3でなくなる
- 「点A」を指したつもりが、見た瞬間に「点A」が変質してしまう
-
記号の意味が毎秒ランダムに変化したり
そんな状況になります。
その様な状況では、基本的な計算でさえ、全く成立しません。
この数学的な同一性は、もっと全体的な同一性の一部です。
🔹 全体的な意味の「同一性」は?
私たちは世界を理解するとき、
何かが「同じもの」であるとみなす能力を 前提として 持っています。
それが同一性です。
私たちは、世界を理解するとき、
-
昨日のノートと今日のノートを「同じもの」とみなす
-
自分の家のドアを見て「いつものドア」と判断する
-
朝見た友人と夕方の友人を同一人物だと理解する
という能力を、ごく自然に使っています。
これは、論理・推論以前の人間の“認識の基礎構造”であり、
人間の心が世界を理解するための 基本概念(primitive concept)です。
数学の同一性もその一部です。
この土台が崩れると、数学も算数も一切成立しません。
■ 前提④ 順番 ― もし順番がないとどうなる?
次に必要なのは “順番(Order)” です。
-
1の次は2
-
2の次は3
-
Aの後にBが来る
-
Before → After の流れがある
私たちはこれを当然だと思っていますが、
この「順番」という条件・前提が崩れると、
数学のほぼすべては動かなくなります。
● 順番が崩れるとどうなるか?
たとえば、こういう世界を想像してください。
-
1の次が2ではなく、7になったり
-
その次には、また 0 に戻ったり
-
2 の後に 3 が来るとは限らず、9 や 21 が来たり
-
数字の並びがどんどんランダムに変化する
こうなると、
-
足し算
-
引き算
-
計測
-
座標
-
関数
-
グラフ
すべて不可能になります。
● なぜ順番が崩れると数学が消えるのか?
なぜなら、“順番” がきちんと保たれなければ
「変化」も「位置」も特定できなくなる からです。
数学・算数は、
-
数字が「一定の順番で正確に並んでいる」
-
Before → After がブレずに必ず安定している
という前提の上で組み上げられています。
🔹 数学とは「変化」を扱う体系である
もし「変化」が特定できなければ、算数も数学も成立しません。
なぜか?
数学とは、広い意味で “変化” を扱う体系そのものだからです。
1+3=4 になる
点が移動する
量が増える・減る
関数が値を変化させる
──これらはすべて「変化」です。
しかし、順番が不安定になった瞬間に、
-
変化が測れない
-
位置が特定できない
-
数の進み方が決まらない
つまり数学の土台そのものが崩れます。
だから、順番(Order)は数学の最も深い基礎。
🔹 順番は数学の“血の流れ”
順番は数学の“血の流れ”のようなもの。
これが一瞬でも乱れたら──
高度な理論どころか、小学生の基礎的な算数すら成立しません。
数学は、ほんの小さな歯車がズレただけで止まってしまう、
まるで「超精密機械」のようなものなのです。
■ 同一性 × 順番 ⇒ 数直線が生まれる
“同じものだと認識できる(同一性)”
+
“順番がつけられる(Order)”
この2つがそろうと、
はじめて 1 → 2 → 3 → 4 … という 数直線 が生まれます。
そして数直線が生まれた瞬間に、数学が動き始めます。
-
長さが測れる
-
座標が作れる
-
グラフが描ける
-
変化が追える
-
物理法則が書ける
つまり、
数直線とは、数学という巨大な世界の “最重要の基本部品” なのです。
🔥 まとめ: 数学は“精密機械”である
数学というのは、巨大で複雑な理論体系に見えますが、
しかし、その土台は驚くほど繊細な「一定の環境」、すなわち
「基本条件(レベル0)」 に依存しています。
今回は、10個ほどある前提のうち、特に重要な2つ──
同一性(Identity) と 順番(Order) を扱いました。
このどちらかが欠けただけで、
まるで精密機械の歯車が1つ外れただけで止まってしまうように、
数学も一瞬で動かなくなる。
つまり、
数学が働く場所は、実はとても狭く、特殊なゾーンの中にある。
ということなのです。
🔹 数学の「強さ」と「もろさ」
数学がすごいのは、
前提条件がすべて揃ったとき、圧倒的な強さを発揮すること。
しかし同時に、数学は「いつも万能」ではなく、
前提がひとつでも欠けると、その瞬間に機能しなくなる“もろさ”も持つ。
数学とは、
「強力さ」と「条件への依存性」の両方を併せもつ、不思議な道具なのです。
🔹 今回の核となった2つの条件
数学が動くためには、
✔ 同じものを “同じ” とみなせる(Identity)
✔ 「前→後」という順番が安定している(Order)
この2つが必須です。
どちらかが崩れた瞬間に、
-
数字
-
数式
-
グラフ
-
方程式
-
長さの測定
-
関数の変化
──すべてが機能しなくなります。
これほどまでに数学は繊細で、それゆえ強い。
🔥 次回について
次回は、数学が成立するための前提のつづきとして、
「因果(Cause)」と「持続(Continuity)」 を取り上げます。
「A をすると → B が起こる」という因果のつながりや、
数字や世界が “連続して存在する” という持続性も、
実は数学が動くためのごく基本の基礎条件です。
レベル0の「当たり前すぎて気づかれない環境」が、
どれほど繊細で特殊な土台なのか──
さらに深く見えてきます。
この記事は「レベル0からの数学論」シリーズの第3回です。
本シリーズの流れをまだ読んでいない方は、こちらから前回・前々回を読むと理解が深まります。
→ 第1回を読む:レベル0からの数学論(第1回)数学とは何か?「数学が始まるための条件」
→ 第2回を読む:レベル0からの数学論(第2回):すべての数学は「区別」から始まる

