レベル0からの数学論(第8回):比較する・比べる ― 数字の前に来るOS

前回までの記事では、足す・引くといった基本的な計算が成立するために、人間の意識の側にどのような基本構造(OS)が必要かを見てきました。

今回は、そのさらに手前にある、しかし極めて重要な働き──

比較する/比べるとは、どういうことか?

をレベル0から確認します。

数学や科学は
「数字の世界」についてのように見えますが
実際にはその前に、「比較ができる世界」の存在が前提になっています。


このシリーズは、数学の成立条件(レベル0)から考え直していくシリーズです。

この記事は「レベル0からの数学論」シリーズの第8回です。

 


■1 比較とは?

数学や算数は、「比較できること」ではじめて成立します。
数字を比べられるからこそ、計算が意味を持ちます。

足した結果が増えたのか、引いた結果が減ったのかが分かるのも、
前と今の数値を比べられるからです。

数字を比べられるから、
増えた・減ったという変化が分かり、
計算の結果が意味を持つのです。

つまり、比較は、変化が分かるための最も基本的な条件なのです。

私たちは日常的に、

  • 大きい/小さい

  • 多い/少ない

  • 速い/遅い

といった比較を、ほとんど無意識に行っています。

しかし、レベル0から見ると、

比較が成立するためには、次のような条件がそろっている必要があります。


■2 比較が成立するための最低条件とは?

① 比較する「軸」を決められる

比較には必ず、「何について」比べるのかという軸が必要です。

  • 長さなのか

  • 重さなのか

  • 数なのか

軸が定まらなければ、比較そのものが始まりません。


② 同じ土俵にそろえられる

比較する対象は、同じ条件・同じ単位にそろえられている必要があります。

  • 1メートルと100センチは比べられる

  • 1メートルと1秒は、そのままでは比べられない

比較とは、対象を同じ土俵に並べ直す操作でもあります。


③ 基準(参照点)を固定できる

「どちらが大きいか」を言うためには、

  •  どこを基準にするのか

  •  何を標準とするのか

が既に定まっていなければなりません。

この基準があるからこそ、「上/下」「多/少」が意味をもちます。


■3 比較できるから、数が意味を持つ?

実は、

  •  数があるから比較できる
    のではなく、

  •  比較できる世界があるから、数が使える

という順番になっています。

「5は3より大きい」という理解は、すでに

  • 同じ単位で

  • 同じ基準のもとで

  • 安定した順序として

比較できていることを前提にしています。

■4 比較とは、人間側の世界の設定?

ここまでをまとめると、比較とは、

  • 対象を同じ土俵にそろえ

  • 基準を置き

  • その関係を同じ関係として回収する

という、人間側の働きです。

つまり、比較ができるという事実は、少なくとも人間にとって、世界が「比べられる形」で人間には経験されていることを示しています。

比較ができるという事実は、少なくとも人間にとって、
世界が「比べられる形」で経験されている、ということを示しています。


■5 数学と科学の強さは?

ここで強調しておきたいのは、これは数学や科学を否定する議論ではない、ということです。

むしろ、
人間という限られた認識条件(OS)の上で、

  • 比較の結果が安定し

  • 誰が行ってもほぼ同じ関係に収束し

  • その結果を他者と共有し、再利用できる

――この点こそが、数学と科学の圧倒的な強みです。

数学や科学は、世界を好き勝手に扱っているのではありません。
人間にとって安定して比較できる部分を、極限まで精密化し、制度化してきた知の体系なのです。

だからこそ、その力を支えている前提条件(レベル0)を確認することは、
むしろその強さの根や、その脆さを理解することにつながります。


■6 結論:比較できる世界が、数を呼び出す

結論として言えるのは、次の点です。

比較とは、数学や算数の計算の話しの以前に、
数や計算が意味を持つための、計算の手前にある人間としての基礎設定(OS)の働きです。

私たちはまず、

  • 世界を比べられるものとして経験し

  • 関係の差を安定して感じ取り

その上で初めて、
数・基準・計算・測定を導入します。

数学は「数」から始まっているように見えますが、
その背後では、すでに「比較できる世界」が前提として働いているのです。


この記事は「レベル0からの数学論」シリーズの第8回です。