2025年12月24日 / 最終更新日時 : 2026年1月5日 murata 数学とは何か? レベル0からの数学論(第11回):数学に依存する科学は普遍的か?科学は「人間OS」の内側でしか成立しない この記事では、科学が強力に機能する条件を、レベル0から点検します。 科学は、私たちの普段の意識の形式に深く適合しているからこそ強力である。しかし、根本的にそれとは別の形式の世界や領域に触れるには、私たちの側の意識の形式そ […]
2025年11月25日 / 最終更新日時 : 2025年12月8日 murata 時間・空間 レベル0からの数学論(第1回)数学とは何か?「数学が始まるための条件」 この記事では、数学の“中身”ではなく、そのもっと手前にある「レベル0=数学が成立するために必要な最低限の条件」をごく簡単に解説します。 数える・区別する・因果・時間・等間隔など、あまりに当たり前すぎて気づかない必要条件を […]
2025年9月26日 / 最終更新日時 : 2025年10月1日 murata 3次元神話の終焉 なぜ異次元が存在しないことになったのか?: 3次元絶対主義とは何か? (全体説明) はじめに 近代以降の人類は多くの場面で、「三次元だけしか存在しない」という前提を、ほとんど疑うことなく受け入れてきました。 この3次元しか存在しないことが、ごく当たり前である毎日を、現代人の多くは生きています。 しかし異 […]
2025年9月24日 / 最終更新日時 : 2025年9月30日 murata 3次元神話の終焉 3次元絶対主義とは何か(試論A) ─ 「五感限定主義」から始まる、目に見えないイデオロギー 3次元絶対主義─3次元しか存在しないという常識の暴力 異次元は存在しないのではない。存在しないことに“された”のだ。私たちは、その不可視化を支える、現代社会の中の地図・規則・制度を見直し、認知的自由を社会の基本に戻す。 […]
2025年8月4日 / 最終更新日時 : 2025年8月5日 murata スピリチュアルな哲学 スピリチュアルなものを“未開”と呼んだ哲学──カントと西洋的理性の暴力 カント的な理性と植民地主義──カントが切り捨てた“魂レベルの知性・知識” ——スピリチュアル領域の植民地主義征服としての近代哲学批判 近代哲学の巨人、イマヌエル・カント(1724年4月22日 – 1804年2 […]
2025年8月3日 / 最終更新日時 : 2025年8月4日 murata 3次元神話の終焉 カントとスピリチュアル──五感では届かない霊的認識の可能性 人間の五感の外にある世界:カント哲学の限界を超えて 「私は五感しか持たない。ゆえに、世界の大半は“わからないもの”でできている。」 これは、単なる謙虚な言葉ではありません。 もしこの“わからなさ”をカントがもっと真正面か […]
2025年7月30日 / 最終更新日時 : 2025年7月31日 murata 3次元神話の終焉 カントの理性原理主義と、AI時代の理性帝国 導入──「理性の帝国」に支配される世界へ 今、AIが加速度的に進化する中で、「理性だけが真実を語ることができる」という信念が、 ますます社会のあらゆる領域に浸透する可能性もあります。 AIの発展により: 定量的・論理的な […]
2025年7月30日 / 最終更新日時 : 2025年9月25日 murata 3次元神話の終焉 カント哲学という原理主義:AIの理性によるAI植民地主義 スピリチャル哲学の立場から AI理性による「AI植民地主義」に入る危険 哲学者カントの時代は、理性を「啓蒙の光」として掲げる時代だった。 今その知性主義は膨張し、加速し、最後にはAIを作り出し、 そしてそのAIの知性に、人間は圧倒される。 そんな未 […]
2025年7月29日 / 最終更新日時 : 2025年7月29日 murata 時間・空間 カント哲学と臨死体験─NDE(臨死体験)が問いかける理性の向こう側 死んだらどうなるのだろう? 幼い頃から誰もが一度は考えるこの問いに、私たちはどこかでフタをして生きている。 科学でも、宗教でも、答えは割れていて──結局のところ、「わからない」というのが普通の答えだとおもう。 だが、その […]
2025年7月8日 / 最終更新日時 : 2025年7月17日 murata 3次元神話の終焉 理性で理性を超えるという逆説:ニーチェ、デリダ 東京から出ようとはしないで、東京だけから見た世界を、世界であるかのように語る。 日本にながら、日本から出ることを拒みながら、「日本以外の国もあるにちがないよ!」と訴える。 こんな矛盾はすぐに気がつきます。 でももし似たよ […]